オリオンをなぞった
TIGER & BUNNYのBlu-rayを全巻揃えました!

いわゆる「アメコミっぽい」の代表格ですが、実際にアメコミを読んでる側からすると「?」な部分も多かったり。
特に、マーベル作品での特殊能力者への差別や迫害を見ていると、シュテルンビルトでのNEXTの社会的立場とかがあまり深く描かれなかったのが残念ですね。
比較的大らかに特殊能力者を受け入れているDC作品の世界でも事件後は批難は高まりますし。
この作品の元々のテーマが「鑑賞後に元気になってもらう」なので、そういったマイナス面は意図的に排除したのでしょうが、題材が良かっただけにちょっと残念でした。
劇場版や続編などではその辺も掘り下げてほしいです。
さらに、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」のBlu-rayも全巻揃えました!

「泣けるギャルゲーのアニメ化」という評価も言い得て妙ではありますね。
私にとっての“美しい青春物語”というのはあだち充先生の「H2」で完成されていますが、これもなかなか良かったです。
でも、メンマとのストーリーに重点を置くことでコンパクトにまとまっているものの、そこで明確に結末が生まれてしまったのがちょっと物足りなかったですね。
H2は野球を題材にしながら友情や恋愛が主体となっているので、それが完結したことでストーリーも完結しました。なので、ストーリーはけっこう中途半端な状態で終わり、いつでも続編が描ける状態にあります。けれど、それによって途方もない余韻が生まれています。
あの花はそういった主題とストーリーの終わりが同時だったのであの結末だったのでしょうが、視聴者に想像させる曖昧な部分を残していても面白かったかもしれませんね。
ひとまず、毎月買うアニメのBlu-rayは終わりました。次は海外ドラマのBlu-rayを買おうかと計画しています。
3話しか収録されていないアニメのBlu-rayを6600で買いながら、全22話収録の海外ドラマが8000円なのを「高い」と感じてしまうのはなぜでしょうかね。1話単価では圧倒的に安いのに。
海外ドラマももっと色々見てみたいですね。
あの日BDに使った金額を僕はもう気にしない… ┐(´ー`)┌

いわゆる「アメコミっぽい」の代表格ですが、実際にアメコミを読んでる側からすると「?」な部分も多かったり。
特に、マーベル作品での特殊能力者への差別や迫害を見ていると、シュテルンビルトでのNEXTの社会的立場とかがあまり深く描かれなかったのが残念ですね。
比較的大らかに特殊能力者を受け入れているDC作品の世界でも事件後は批難は高まりますし。
この作品の元々のテーマが「鑑賞後に元気になってもらう」なので、そういったマイナス面は意図的に排除したのでしょうが、題材が良かっただけにちょっと残念でした。
劇場版や続編などではその辺も掘り下げてほしいです。
さらに、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」のBlu-rayも全巻揃えました!

「泣けるギャルゲーのアニメ化」という評価も言い得て妙ではありますね。
私にとっての“美しい青春物語”というのはあだち充先生の「H2」で完成されていますが、これもなかなか良かったです。
でも、メンマとのストーリーに重点を置くことでコンパクトにまとまっているものの、そこで明確に結末が生まれてしまったのがちょっと物足りなかったですね。
H2は野球を題材にしながら友情や恋愛が主体となっているので、それが完結したことでストーリーも完結しました。なので、ストーリーはけっこう中途半端な状態で終わり、いつでも続編が描ける状態にあります。けれど、それによって途方もない余韻が生まれています。
あの花はそういった主題とストーリーの終わりが同時だったのであの結末だったのでしょうが、視聴者に想像させる曖昧な部分を残していても面白かったかもしれませんね。
ひとまず、毎月買うアニメのBlu-rayは終わりました。次は海外ドラマのBlu-rayを買おうかと計画しています。
3話しか収録されていないアニメのBlu-rayを6600で買いながら、全22話収録の海外ドラマが8000円なのを「高い」と感じてしまうのはなぜでしょうかね。1話単価では圧倒的に安いのに。
海外ドラマももっと色々見てみたいですね。
あの日BDに使った金額を僕はもう気にしない… ┐(´ー`)┌
アメコミは進化していない?
昨日、某ブログから火がついて、いわゆる「アメコミ」に対する批判的な流れが出来ていました。
簡単に説明すると
アメリカの某コミック店
「日本の漫画を持ってきたらDCコミックの本と交換してあげるよ」
↓
アメリカの某ブログ
「某コミック店がこんなことやってるぜ!日本産よりアメリカ産だよな!」
↓
日本の某ブログ
「DCコミックが『日本の漫画を捨てて、アメコミを読もう』というキャンペーンを開始!」
(60年前(!)に製作された「スーパーマンが日本兵をぶん殴る」というプロパガンダイラストも掲載)
↓
某掲示板で取り上げられる
↓
大手ブログ
「DCコミックが『日本の漫画を捨てて、アメコミを読んで日本人にビンタしよう!』というキャンペーンを開始!」
となっていたようです。
日本でのアメコミに対するイメージというのは、30年前から変わってないんじゃないかと思います。
昨日もTwitterでこの話題を検索してみると「タイツ男が悪役を殴るだけ」「筋肉マッチョ信仰」「表現規制によって勧善懲悪しか描けない」というものがかなり多かったですねえ。
私自身、そんなにアメコミを読んだわけでもないし、こういった内容の記事を書くのもちょっと抵抗があったりしますが、上記のアメコミに対する先入観とともに「だから、日本の漫画・アニメは世界を制した」といった結論に持っていく人も多いんですね。
その「日本の漫画・アニメは世界を制した」という根拠はどこから来ているのかな、と常々疑問に思っています。
というのも、つい先日にもアニメ!アニメ!ビズ「米国バンダイエンタテイメント 北米BD・DVD発売事業撤退」というニュースがありましたし、日本人が考えているほど日本の作品は海外で人気があるわけではないんですね。
もちろん、評価の高い作品もたくさんあります。しかし評価=人気=収益とならないのは明白。
これに対するコメントとして「アメリカ人は単純なものしか理解できないから」という人もいます。なんですか、その見下しは。そもそも、そこには「日本の漫画・アニメは世界で最も高尚」という価値観があるからなんでしょうけども。
日本の漫画・アニメは世界で最も高尚だが、アメリカ人は筋肉信仰から生まれたタイツ男が悪役を殴るだけのコミックを作った。そんなものは表現規制で衰退して当然。
そういった先入観も少なからず感じ取れます。
アメコミは誕生からの70年間で進化していないのでしょうか。
前述のように私はそんなにアメコミを読んだわけではないのですが、この作品だけは知っていただきたい。
よく「アメリカ大将」などと揶揄されるキャプテン・アメリカの1作「キャプテン・アメリカ:ニューディール」です。
キャプテン・アメリカはその名の通り、第2次世界大戦時にプロパガンダ的キャラクターとして生み出されました。つまり、「アメリカは正しい」「アメリカのために戦おう」ということです。
しかし、戦後のキャプテン・アメリカのテーマはアメリカン・ジャスティスからアメリカン・ドリームへ移り、「アメリカを世界で最も強く気高い国へ成長させ、世界の正しい規範となり、世界平和を実現させる」というものへ変わります。これにより、アメリカ政府などと密接な関係を持ちながら、キャプテン・アメリカはそれが正しいことではないと判断したなら命令を拒否するようになります。そのため、一時期は「アメリカ」の名とコスチュームを返却したこともあります。
そのキャプテン・アメリカの信念を表したのがこのセリフ
「私の忠誠の対象は“理想”だけです」
「キャプテン・アメリカ:ニューディール」は、あの9.11から始まります。
崩壊した世界貿易センタービルの瓦礫の中で救助作業を行うスティーブ・ロジャース。しかし、発見されるのは息絶えた人ばかり。「また間に合わなかった」。自らを責めるスティーブに出撃命令が下る。テロリストへの報復としてキャプテン・アメリカの力を求められた。しかし、スティーブは命令を拒否し、救助作業を続ける。「私を必要としている人々はここにいる」と。
帰り道、“中東の人種”というだけで暴行を受ける市民を発見したスティーブはキャプテン・アメリカとして仲裁する。
自らの悲しみと怒りを打ち明ける人々に「これは正義ではない」とキャプテン・アメリカは諭す。そして、あらゆる「“自由”の敵」と戦うために、アメリカン・ドリームを分かち合い体現しなければならないと誓う。
それから7ヵ月後。
アメリカの小さな村がテロリストによって占拠される。テロリストの殲滅と住民の救助を同時に行うことは不可能だった。ただ一人、キャプテン・アメリカを除いては。
キャプテン・アメリカはそれが「戦争」だと判断する。しかし、それは兵士ではなく一般市民が血を流す絶対にあってはならない「戦争」。
怒りを抑え村へと潜入したキャプテン・アメリカは、住民が人質となり、まだ犠牲者が出ていないことを知る。「今日のお前の存在には意義がある。結果を左右できるのだ。今日こそ、希望はある。遅くはなかった」。
そう自らを律するキャプテン・アメリカだったが、彼はまだ知らなかった。その村こそアメリカ軍が使用する爆弾の製造拠点であり、テロリストたちはその爆弾によって苦しめられてきた人々だったことを…。
この後、キャプテン・アメリカとテロリストの戦いは激化し、それに対するスティーブ・ロジャースの明確な解答も体現されます。
そして、物語はこう締めくくられます。
「彼らは常に近くにいる。モンスターたち…血に飢えた手で危険な玩具を弄ぶ…。そして嘘を…。
だが、我々は血の大河をせき止め、影を払う。夢を守るために。我々人間は、誰もが自由で、勝ち取ろうと願っている。ただ平和を…」
確かに、日本の漫画・アニメの生産量は世界一でしょう。
しかし、そこからアメコミとの比較に発展し、先入観から生み出されたイメージだけで論じることは、非常に無意味なことだと思います。
もちろん、日本のヒーローもキャプテン・アメリカのような自国批判を繰り広げろというわけではありません。けれど、アメコミ作品は勧善懲悪ではなく、そういった自国への批判や皮肉さえもテーマとして取り入れることがある。それだけでも知っていてほしいですね。
簡単に説明すると
アメリカの某コミック店
「日本の漫画を持ってきたらDCコミックの本と交換してあげるよ」
↓
アメリカの某ブログ
「某コミック店がこんなことやってるぜ!日本産よりアメリカ産だよな!」
↓
日本の某ブログ
「DCコミックが『日本の漫画を捨てて、アメコミを読もう』というキャンペーンを開始!」
(60年前(!)に製作された「スーパーマンが日本兵をぶん殴る」というプロパガンダイラストも掲載)
↓
某掲示板で取り上げられる
↓
大手ブログ
「DCコミックが『日本の漫画を捨てて、アメコミを読んで日本人にビンタしよう!』というキャンペーンを開始!」
となっていたようです。
日本でのアメコミに対するイメージというのは、30年前から変わってないんじゃないかと思います。
昨日もTwitterでこの話題を検索してみると「タイツ男が悪役を殴るだけ」「筋肉マッチョ信仰」「表現規制によって勧善懲悪しか描けない」というものがかなり多かったですねえ。
私自身、そんなにアメコミを読んだわけでもないし、こういった内容の記事を書くのもちょっと抵抗があったりしますが、上記のアメコミに対する先入観とともに「だから、日本の漫画・アニメは世界を制した」といった結論に持っていく人も多いんですね。
その「日本の漫画・アニメは世界を制した」という根拠はどこから来ているのかな、と常々疑問に思っています。
というのも、つい先日にもアニメ!アニメ!ビズ「米国バンダイエンタテイメント 北米BD・DVD発売事業撤退」というニュースがありましたし、日本人が考えているほど日本の作品は海外で人気があるわけではないんですね。
もちろん、評価の高い作品もたくさんあります。しかし評価=人気=収益とならないのは明白。
これに対するコメントとして「アメリカ人は単純なものしか理解できないから」という人もいます。なんですか、その見下しは。そもそも、そこには「日本の漫画・アニメは世界で最も高尚」という価値観があるからなんでしょうけども。
日本の漫画・アニメは世界で最も高尚だが、アメリカ人は筋肉信仰から生まれたタイツ男が悪役を殴るだけのコミックを作った。そんなものは表現規制で衰退して当然。
そういった先入観も少なからず感じ取れます。
アメコミは誕生からの70年間で進化していないのでしょうか。
前述のように私はそんなにアメコミを読んだわけではないのですが、この作品だけは知っていただきたい。
| キャプテン・アメリカ:ニューディール | |
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よく「アメリカ大将」などと揶揄されるキャプテン・アメリカの1作「キャプテン・アメリカ:ニューディール」です。
キャプテン・アメリカはその名の通り、第2次世界大戦時にプロパガンダ的キャラクターとして生み出されました。つまり、「アメリカは正しい」「アメリカのために戦おう」ということです。
しかし、戦後のキャプテン・アメリカのテーマはアメリカン・ジャスティスからアメリカン・ドリームへ移り、「アメリカを世界で最も強く気高い国へ成長させ、世界の正しい規範となり、世界平和を実現させる」というものへ変わります。これにより、アメリカ政府などと密接な関係を持ちながら、キャプテン・アメリカはそれが正しいことではないと判断したなら命令を拒否するようになります。そのため、一時期は「アメリカ」の名とコスチュームを返却したこともあります。
そのキャプテン・アメリカの信念を表したのがこのセリフ
「私の忠誠の対象は“理想”だけです」
「キャプテン・アメリカ:ニューディール」は、あの9.11から始まります。
崩壊した世界貿易センタービルの瓦礫の中で救助作業を行うスティーブ・ロジャース。しかし、発見されるのは息絶えた人ばかり。「また間に合わなかった」。自らを責めるスティーブに出撃命令が下る。テロリストへの報復としてキャプテン・アメリカの力を求められた。しかし、スティーブは命令を拒否し、救助作業を続ける。「私を必要としている人々はここにいる」と。
帰り道、“中東の人種”というだけで暴行を受ける市民を発見したスティーブはキャプテン・アメリカとして仲裁する。
自らの悲しみと怒りを打ち明ける人々に「これは正義ではない」とキャプテン・アメリカは諭す。そして、あらゆる「“自由”の敵」と戦うために、アメリカン・ドリームを分かち合い体現しなければならないと誓う。
それから7ヵ月後。
アメリカの小さな村がテロリストによって占拠される。テロリストの殲滅と住民の救助を同時に行うことは不可能だった。ただ一人、キャプテン・アメリカを除いては。
キャプテン・アメリカはそれが「戦争」だと判断する。しかし、それは兵士ではなく一般市民が血を流す絶対にあってはならない「戦争」。
怒りを抑え村へと潜入したキャプテン・アメリカは、住民が人質となり、まだ犠牲者が出ていないことを知る。「今日のお前の存在には意義がある。結果を左右できるのだ。今日こそ、希望はある。遅くはなかった」。
そう自らを律するキャプテン・アメリカだったが、彼はまだ知らなかった。その村こそアメリカ軍が使用する爆弾の製造拠点であり、テロリストたちはその爆弾によって苦しめられてきた人々だったことを…。
この後、キャプテン・アメリカとテロリストの戦いは激化し、それに対するスティーブ・ロジャースの明確な解答も体現されます。
そして、物語はこう締めくくられます。
「彼らは常に近くにいる。モンスターたち…血に飢えた手で危険な玩具を弄ぶ…。そして嘘を…。
だが、我々は血の大河をせき止め、影を払う。夢を守るために。我々人間は、誰もが自由で、勝ち取ろうと願っている。ただ平和を…」
確かに、日本の漫画・アニメの生産量は世界一でしょう。
しかし、そこからアメコミとの比較に発展し、先入観から生み出されたイメージだけで論じることは、非常に無意味なことだと思います。
もちろん、日本のヒーローもキャプテン・アメリカのような自国批判を繰り広げろというわけではありません。けれど、アメコミ作品は勧善懲悪ではなく、そういった自国への批判や皮肉さえもテーマとして取り入れることがある。それだけでも知っていてほしいですね。
チェンジ・レオパルドン!
6月30日に世界最速公開予定の「アメイジング・スパイダーマン」の前売り券を買いました。
しかし、本当の目的はこちら!

前売り特典第1弾はこの特製メガネケースでした。
写真では左上になていますが、上部が開いてメガネを縦に収納するタイプになっています。
プラスチックではなくブリキ製でして、中も布製なのでメガネを傷つけることはありません。
映画は3D上映も行うので、3Dメガネの収納にも対応。
前3部作からキャスト・スタッフすべてを一新して製作される新しいスパイダーマン。
前シリーズは本家コミックが原作でしたが、今回はもう一つのストーリーラインであるアルティメットシリーズが原作なので、ピーターの両親にとんでもない伏線が仕込まれている可能性がありますね。
(アルティメットシリーズでのピーターの両親は・・・を生み出す!)
楽しみですなあ。
しかし、本当の目的はこちら!

前売り特典第1弾はこの特製メガネケースでした。
写真では左上になていますが、上部が開いてメガネを縦に収納するタイプになっています。
プラスチックではなくブリキ製でして、中も布製なのでメガネを傷つけることはありません。
映画は3D上映も行うので、3Dメガネの収納にも対応。
前3部作からキャスト・スタッフすべてを一新して製作される新しいスパイダーマン。
前シリーズは本家コミックが原作でしたが、今回はもう一つのストーリーラインであるアルティメットシリーズが原作なので、ピーターの両親にとんでもない伏線が仕込まれている可能性がありますね。
(アルティメットシリーズでのピーターの両親は・・・を生み出す!)
楽しみですなあ。
琉神 琉神 マブヤー
「リアル・スティール」と「琉神マブヤー THE MOVIE」を見てきました。
「リアル・スティール」は万人受けするエンターテイメント作に仕上がっていて、“何か面白い映画ないかな?”と思った時に見に行くのにちょうど良いですね。ストーリーも設定も分かりやすく、ドラマ部分とアクション部分のバランスもちょうど良い。
ただ、この作品を一言で説明するとしたら「ロボットボクシング映画」ではなく「ラジコン映画」になると思います。というのも、結局は音声認識システムを利用して指示を出すなど、人間のトレーナーが間接的にロボットを動かしているわけです。
もし、この作品がボクシングを主題としているなら、ロボットは人間に叩き込まれたボクシング技術を駆使し、自身で思考して戦うのではないかと思います。
なので、これは「ラジコン映画」。
「琉神マブヤー THE MOVIE」は、沖縄で誕生したローカルヒーローを映画化し全国規模で上映するという画期的な作品。ただのローカルヒーローがここまで成長したというのが感慨深いですねえ。しかし、内容はなかなかどうして。イマイチな要素が多かったですね。
主人公2人が沖縄を愛する心を認められて琉神マブヤーと龍神ガナシーに変身する能力を与えられるわけですが、前半でのキャラクターの掘り下げが出来ていないので、なぜこの2人はそこまでしてヒーローに憧れているのかが分かりません。敵側も「人間が海を汚すから」という環境問題的テーマで沖縄征服を目指すという明確な理由付けがあるにも関わらず、はっきりと提示されるのは後半になってから。なので、最初はなぜ人間を攻撃してくるのかちょっと分からないです。
そして、ゲストキャラとしてローカルヒーローの元祖、秋田県を守る「超神ネイガー」が登場しますが、特に何もせずに退場してしまう。先輩ヒーローとして未熟なマブヤーとガナシーを導くのかと思ったのですが、その辺は放ったらかしでした。
後半は長セリフを連発して強引に話を決着させた展開で、せっかく面白くなる要素がたくさんあったのに残念でした。
でも、主題歌はかなりカッコイイですよ。琉神〜 琉神〜 マブ〜ヤー〜
あと、映画館に行く途中に“彼”を発見!

マーベルコミックの「ネイモア・ザ・サブマリナー」ですね。海底王国アトランティスの王で、かなり強いキャラです。最近はX-MENにも参加してたり。
しかし、何のキャラかは分からないまま“アメコミっぽいから”というだけでここに展示していそうですね。
「リアル・スティール」は万人受けするエンターテイメント作に仕上がっていて、“何か面白い映画ないかな?”と思った時に見に行くのにちょうど良いですね。ストーリーも設定も分かりやすく、ドラマ部分とアクション部分のバランスもちょうど良い。
ただ、この作品を一言で説明するとしたら「ロボットボクシング映画」ではなく「ラジコン映画」になると思います。というのも、結局は音声認識システムを利用して指示を出すなど、人間のトレーナーが間接的にロボットを動かしているわけです。
もし、この作品がボクシングを主題としているなら、ロボットは人間に叩き込まれたボクシング技術を駆使し、自身で思考して戦うのではないかと思います。
なので、これは「ラジコン映画」。
「琉神マブヤー THE MOVIE」は、沖縄で誕生したローカルヒーローを映画化し全国規模で上映するという画期的な作品。ただのローカルヒーローがここまで成長したというのが感慨深いですねえ。しかし、内容はなかなかどうして。イマイチな要素が多かったですね。
主人公2人が沖縄を愛する心を認められて琉神マブヤーと龍神ガナシーに変身する能力を与えられるわけですが、前半でのキャラクターの掘り下げが出来ていないので、なぜこの2人はそこまでしてヒーローに憧れているのかが分かりません。敵側も「人間が海を汚すから」という環境問題的テーマで沖縄征服を目指すという明確な理由付けがあるにも関わらず、はっきりと提示されるのは後半になってから。なので、最初はなぜ人間を攻撃してくるのかちょっと分からないです。
そして、ゲストキャラとしてローカルヒーローの元祖、秋田県を守る「超神ネイガー」が登場しますが、特に何もせずに退場してしまう。先輩ヒーローとして未熟なマブヤーとガナシーを導くのかと思ったのですが、その辺は放ったらかしでした。
後半は長セリフを連発して強引に話を決着させた展開で、せっかく面白くなる要素がたくさんあったのに残念でした。
でも、主題歌はかなりカッコイイですよ。琉神〜 琉神〜 マブ〜ヤー〜
あと、映画館に行く途中に“彼”を発見!

マーベルコミックの「ネイモア・ザ・サブマリナー」ですね。海底王国アトランティスの王で、かなり強いキャラです。最近はX-MENにも参加してたり。
しかし、何のキャラかは分からないまま“アメコミっぽいから”というだけでここに展示していそうですね。
メビウス × アダムス× キューバート
その趣味の人にとってはものすごい動画がありました。
まさかまさかのメビウス、二ール・アダムス、ジョー・キューバートという神様のような3人が一緒に絵を描くという動画です。「やばい」とはこの映像のためにあるような言葉ですね。
メビウスはバンド・デシネ(フランス語圏のコミック)で三大巨匠の一人に数えられていますし、二ール・アダムスとジョー・キューバートはアメコミで自分の時代を作り上げたスーパーアーティスト。
どうやら1972年にニューヨークで行われたもので、「ヒーローとモンスターの攻防」をテーマにそれぞれが即興で作画したようです。
一応、下書きはあるようですが、サインペンだけでスラスラとあれだけの絵を描いてしまうだけではなく、この3人が一緒に絵を描く、しかも映像として残されている。もうたまりませんね!
まさかまさかのメビウス、二ール・アダムス、ジョー・キューバートという神様のような3人が一緒に絵を描くという動画です。「やばい」とはこの映像のためにあるような言葉ですね。
メビウスはバンド・デシネ(フランス語圏のコミック)で三大巨匠の一人に数えられていますし、二ール・アダムスとジョー・キューバートはアメコミで自分の時代を作り上げたスーパーアーティスト。
どうやら1972年にニューヨークで行われたもので、「ヒーローとモンスターの攻防」をテーマにそれぞれが即興で作画したようです。
一応、下書きはあるようですが、サインペンだけでスラスラとあれだけの絵を描いてしまうだけではなく、この3人が一緒に絵を描く、しかも映像として残されている。もうたまりませんね!



