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君よ、怒りでデス・ロードを渉れ! 「マッドマックス 怒りのデス・ロード」
 
予告の時点では過去シリーズを知る映画ファンだけが狂喜乱舞していたものの、公開後は口コミで中毒者を量産している「マッドマックス 怒りのデス・ロード」。
約30年ぶりの新作でさぞ熟成させたのだろうと思いきや、それ以上に過去作をそのまま超大型アップデートした内容で、むしろようやくマッドマックスをフルパワーで映像化できる時代になったということだった…。



「マッドマックス」の内容を簡単に説明すると、暴走集団に家族と友人を殺害された警察官のマックスが復讐するという内容から始まり、その後のシリーズからは超寡黙で孤高の人となったマックスが風来坊として人を助けたり助けられたりしながら新たな悪党と戦っていく。
特に第2作からは核戦争の影響で世界観が一気に荒廃し、いわゆる「ヒャッハー!」系なその終末世界は「北斗の拳」に多大な影響を与えたと言われている。
今回の「怒りのデス・ロード」はシリーズ第4作。マックス役もメル・ギブソンからトム・ハーディに交代したことで続編でありながらリメイク兼リブート作のような作りにもなっていて、過去シリーズを未鑑賞でも楽しめるように作られていた。

以下、ネタバレ感想
 
「怒りのデス・ロード」はオープニングから潔い。ナレーション(主人公マックスの独り語り)で「核戦争によって世界は荒廃した」「この世界は狂っている」「マックスは昔は警察官だった」「マックスは幻覚を見るほどに悲惨な過去と自責の念があるらしい」と数十秒で世界観と主人公の設定を説明してしまい、次の場面ではいきなりマックスが拉致されるという怒涛のアクションの連続。
マックスを拉致したのはイモータン・ジョーという付近一帯を支配している男の部下であり、彼らはウォー・ボーイズと呼ばれている。このイモータン・ジョーが今回の大ボスという位置付けだけども、特に設定らしい設定は語られず、どのような経緯でそこまでの支配者と成りえたのかは謎のまま。しかし一目見ればどれだけの存在なのか直感的に理解できる。なにせこの顔面圧力である。

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いわゆる中の人は第1作の悪役トゥーカッターを演じたヒュー・キース・バーンで、実に36年ぶりの再出演。
確かにトゥーカッターの時点で顔面圧力は高かった。
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こちらが戦闘員のウォー・ボーイズ。
全員がスキンヘッドで肌を真っ白に塗るという異様な身なりで、各自が何かしらの病魔を抱えているため寿命は短いらしい。その割にはマッチョな肉体で全然元気。
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ウォー・ボーイズは戦死すると自分の魂は「英雄の館」と呼ばれるところに祀られると信じているので、死にたがりの特攻したがりだらけ。
そして特攻する際には銀スプレーを口元に噴射してテンション爆上げ。やはり顔面圧力を高めることが重要らしい。
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この時点ですでに知能指数がえらいことになってる気がするが、実際にはイモータン・ジョーの支配体制は徹底されている。
本拠地である砦の中で汚染されていない地下水を汲み上げ、家畜と農作物を生産。子孫存続のために健康で若い女性を(貞操帯付きで!)軟禁し、異様に肥えた女性たちからは母乳を抽出して栄養ドリンクとする。さらに隣町のガスタウンとバレットファームではそれぞれガソリンと武器を管理し、モールス信号による長距離交信も可能。ガスタウンは人喰い男爵、バレットファームは武器将軍と呼ばれる男が管理しているが、それらが反乱を起こさないということは外交能力もあるということで、もしかするとイモータン・ジョーの政治能力はずば抜けているのかもしれない。

イモータン・ジョーは砦にさえ顔面圧力を求める!


砦へ連行されたマックスは身体検査を受け、その詳細な情報は背中にタトゥーとして刻まれる。しかも血液型がO型だったために、輸血する際には相手の血液型を問わないということで“ハイオク輸血袋”という嫌な賞賛をされてしまう(何だかんだでしっかりとした医学的な知識と技術があるのだからすごい)。マックスは脱出を試みるも失敗し万事休す。ハイオク輸血袋として管理されることに…。

その頃、外ではガスタウンへ遠征する部隊の出陣式が行われていた。部隊を率いるのは女性ながら大隊長を担うフュリオサ。世界一美しい女優と言われるシャーリーズ・セロンが五分刈りにした上に額と目元を黒く塗り潰すという気合の入れよう。

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でも左腕が機械の義手ということもあってキャプテン・アメリカのウィンター・ソルジャーにも見えてくる。
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フィリオサが運転するのは移動要塞と化した武装タンクローリー「ウォー・タンク」。名前からしてすでにトランスフォーマーだ。
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部隊は砦を出発しガスタウンに向かうが、先頭を走るフュリオサはなぜか荒野に向かってハンドルを切る。初めは戸惑うウォー・ボーイズだったが、状況が変化するたびに事細かに指示を受け取りに来るので、やはり頭が悪いようでいて組織作りは徹底されているから対応力が段違いだ。
ここでフュリオサの目的がイモータン・ジョーの子産み女として軟禁されていた女性たちを逃亡させることだと判明。女性たちはウォー・タンクの中に隠れていたのだ。それを知ったイモータン・ジョーはウォー・ボーイズを総出撃させ、自身も愛車である巨大6輪車「ギガホース」で爆走!その横では世紀末ミュージシャンのドゥーフ・ウォーリアーが火を噴くギターでドンドコドンドコ演奏している!この波状攻撃により観客もウォー・ボーイズと化してしまうのだ!

V8! V8! V8!
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ハイオク輸血袋となったマックスは健康な人間の血液を必要としていたニュークスというウォー・ボーイズの一員とチューブでつながれ、一方的に輸血させられることに。それもニュークスが運転する車のフロントバンパーに磔にされた状態で荒野を爆走しながらである。

一人タイタニック!
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フュリオサはひたすらにウォー・タンクを直進させるが、その一帯で生活するヤマアラシ族という盗賊軍団も縄張りへ侵入したという理由から攻撃開始。ウォー・タンク、ウォー・ボーイズ、ヤマアラシ族の三つ巴の戦いの中、“イモータン・ジョーがこちらを見た”というだけでニュークスはテンション爆上げで軍団の先頭を切ってウォー・タンクへ向かう。しかしフュリオサの作戦は超巨大砂嵐に突入するというもので、ウォー・タンクならまだしも乗用車は簡単に巻き上げられて空中で大破。それを見たニュークスは車内にガゾリンをぶち撒け(なんと助手席にガソリン散布用の蛇口を設置してある!)、銀スプレーで顔面圧力を高めてから自爆しようとするが、マックスが間一髪で阻止。

見ろ、人がゴミのようだ!
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砂嵐が過ぎ去り、ついにマックスとフュリオサが出会うが…。

ここまでの話でだいたい30分前後。すでにスクリーンが発火しそうな熱量である。


以降の話はさらにシンプルで「まっすぐ行って、何も無かったから来た道をまっすぐ戻る」というもの。
フュリオサたちの目的地は彼女が生まれた緑のある土地だったが、そこはすでに環境汚染によって沼地となっていた。そのためフュリオサの出身である「鉄馬の女」と呼ばれる女性の一族とともにさらに直進しようとするも、マックスはイモータン・ジョーの砦ならばすべての環境が整っておりウォー・ボーイズも出払っている現在なら攻略可能と提案する。
ゆえに行きも帰りもウォー・タンクが砂漠や荒野をまっすぐ走行し、その左右後方から改造車軍団が爆弾を投げつけてくるという映像がひたすら続く。雑魚敵を蹴散らしたら中ボスが単騎で突撃してくる展開は横スクロールのベルトアクションゲームにも近い。

序盤のウォー・ボーイズは爆弾槍を投げつけてくるので、投げる前に倒しておこう
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後半からは棒高跳びで飛び移ってくる。着地点に先回りできるかが攻略の鍵だ
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もうわけが分からない
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中ボスとなる人喰い男爵と武器将軍。

人喰い男爵は顔面圧力が低いから戦闘力も低いぞ
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武器将軍は何もしなくても顔面圧力が高い強敵だ
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武器将軍は体力が30%を下回ると第2形態にパワーアップするので要注意だ
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これらの強敵とマックスたちは戦っていくけど、その中で主人公となるのは意外にもマックスではなくフュリオサ。そもそもマックスは単に拉致からの逃亡過程でたまたま合流しただけなので、必然的に今回の脱出計画を実行したフュリオサが中心人物となる。もちろんマックスも幻覚を見てしまうほどの暗い過去への贖罪を含めて獅子奮迅の活躍で勝利に導くけど、ストーリー全体からすればあくまで第3者であり目撃者という立ち位置に近い。だから中ボスである人喰い男爵と武器将軍を倒すのがマックスであっても、大ボスであるイモータン・ジョーはフュリオサが倒すという展開は当然のこと。
劇中でほとんど語られなかった各キャラクターの設定や過去はパンフレットで補完されていて、フュリオサはかつてはイモータン・ジョーの子産み女だったという。しかしジョーの怒りによって左腕は斬り落とされ、生き抜くためにウォー・ボーイズの一員として大隊長にまで上り詰めたとある。そこから考えれば、妊娠と出産という女性のみが持つ肉体的機能だけを利用され、左腕を斬り落とされることで女性として生きる未来を奪われたフュリオサが、自身を「女性以外の何か」という存在に縛り付けていた左腕の義手を破壊しながらジョーを抹殺する結末は最高のカタルシスにあふれている。「私を覚えている?」という決めセリフも「女性としての」を付ければ意味合いも納得。

ただ「もう一人の主人公」のような立場だったとはいえ、今回のトム・ハーディ版マックスは本当に超人だ。
まずオープニングからすごい。車が何回転もするほどの猛スピード&爆発で横転したにも関わらず車内から自力で脱出した上に、イモータン・ジョーの砦までウォー・ボーイズの車につながれたままマラソン。身体検査を受けた後は両腕を縛られたままウォー・ボーイズを蹴散らして砦内を全力疾走。この時点ですでに体力が無尽蔵である。
ニュークスの車に磔にされて出撃した時も、ニュークスへの輸血で血を抜かれながら、乗用車が巻き上げられるほどの超巨大砂嵐の中に生身で車外にしがみついたまま突入し、失神から目覚めた後は成人男性であるニュークスを肩に担ぎ車のドアを引きずって移動している。
極めつけは武器将軍との戦い。どのように戦ったのかは不明であるものの、濃霧の中にさえ爆炎が見えるほどの大爆発から生還し、「血が出てる」「自分のではない。返り血だ」という会話。返り血を浴びてしまうほど敵の近くにいたのに、それを巻き込んだ大爆発から生還どころかまったくの無傷。
ウォー・タンクでの戦いでも異常な握力で取っ手を掴み、振り落とされることはほとんど無かった。敵を倒すことよりも生き抜くことが重要であり、そのために必要なのは腕力よりも握力ということで、確かにリクタス以外のウォー・ボーイズはそこまで体が大きいということはなかったけど握力は強かった。
トム・ハーディ版マックスは「無敵」ではない代わりに「不死身」ということなのだ。それはなぜか。

マックス役のトム・ハーディが男前だからだ!! 
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変なマスク付けられてもマヌケ面にならないんだから、不死身であることに文句は言えないだろう
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あと、劇中で「食事」が描かれることはほとんどない。マックスとニュークスにトカゲや虫を食べる場面があっても、なぜ女性に食事が無いのか考えると、今回のテーマは「男性の暴力に虐げられてきた女性たちが脱出し反撃する」というもので、いわば食物連鎖の逆転ともいえる。つまり、それまで支配する側(食物連鎖の上位)だった男性には食事があり、支配される側(食物連鎖の底辺)だった女性には食事がない。
でも水を飲む場面はそれぞれにあり、女性にしか生み出せない「母乳」も登場する。だから最後に母乳を生産するためだけに生かされていた女性たちが砦で地下水を開放するのは、母が子に無償で母乳を与えることと同じなのではないかと思う。

最初から最後まで一貫して描かれるテーマは「男性の暴力に虐げられてきた女性たちが脱出し反撃する」というものだけど、男性の暴力から脱出すれば生きていけるかというと、飛び出した先には過酷な自然環境からの暴力しか存在せず、結局のところ暴力を生み出すものを排除しなければ何も始まらない。だから自然環境を変えることは出来なくとも、神となったイモータン・ジョーを倒し神話を崩壊させることで人々が生きていける環境を開放させることを選ぶ。夢想した理想郷が存在しなかった場合、その脱出は逃亡であり敗走でしかないけど、自身の決断で元の環境をより良いものに変えることは不可能ではないから。
また、第2のイモータン・ジョーの誕生は少なくともフュリオサがいる限り阻める可能性は十分にある。なぜならマックスやニュークスを仲間に引き入れた後、フュリオサたちは彼らを暴力で支配することなく対等の関係を維持したから。もちろん互いに打算はあったけども、暴力で支配されてきたからこそ誠実であろうとするフュリオサたちは誰よりも気高く美しい。

同時に、ウォー・ボーイズとして洗脳教育を受けイモータン・ジョーのために死ぬことが最大の幸福と考えていたニュークスの物語も、脱出と変化という意味でテーマの一部になっている。
ニュークスの場合はジョーの目の前で大失態を演じたために見捨てられたので、脱出というより偶発的な事故に近いけど、どちらにしろウォー・ボーイズやジョーの支配の外側に出た。そして最後には自分の意思でかつての兄弟であるウォー・ボーイズを妨害し、新たな仲間であるマックスやフュリオサを救うことを選んだ。
この変化を象徴するのがウォー・ボーイズが特攻する際に叫ぶ「witness me!」というセリフ。日本語版では単に「俺を見ろ」という訳だったけど、突き詰めれば「俺がここに存在したことの証言者となれ」という内容で、「ジョーのために死に、英雄の館に導かれる俺の魂を見届けろ」というウォー・ボーイズとしての解釈から、「それらの同調圧力ともいえる思想や価値感から脱出した、個としての自分を尊重した決断を見届けろ」というニュークスとしての解釈になる。
フュリオサたちは洗脳教育を受けなかったために自分の意思で外側に脱出することを選んだが、その先に理想郷は無いと気がついた。逆にニュークスは洗脳教育を受けたために、外側へ強制的に出されることでそこが理想郷ではなかったと気がついた。理由や方法はどうであれ、外側に出ることで多くのことが分かり、そして自分が何をすべきなのかを理解する。だから、この映画の結末にはいくつもの希望があふれている。
そして救えなかったものたちへの自責の念に苦しめられるマックスにもまた、わずからながらに希望がもたらされる。たとえ彼がそれらを受け取ることを拒否したとしても…。


テーマや設定を追求すれば見るたびに発見があり、逆にストレス発散としてウォー・ボーイズ化して圧倒的なアクションだけを楽しむこともできる。
どちらの楽しみ方も正しいし、どちらの楽しみ方をしても最高の2時間を経験できる映画を70歳を超えても作ってしまうのだから、ジョージ・ミラーは偉大だ。
 
【2015/07/07 20:00】 | 映画感想 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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