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イヤァオ!
 
最近プロレス、特に新日本プロレスに熱中していて、毎週「週刊プロレス」という雑誌が発売されるのが楽しみでしかたがない。

中学~高校の頃にはPRIDEとK-1による格闘技ブームを通過した世代だから、そっち方面に興味はあったんだけども、やはりその頃にはプロレスを鼻で笑うような状態だったんだよね。
(実際、私だけではなく多くの人がそういった見方をしていたこともあって2000年代のプロレス界はかつてない暗黒時代に突入してしまった)

で、何でまた今になってプロレスに熱中しているかというと、転機になったのは7月に実際に大会を見に行ったこと。行ったのは新日本プロレスが毎年夏に行う一大イベント「G1クライマックス」。全国各地へ移動しながら約3週間で10試合近くの総当たりのシングル戦を行う過酷なイベントであり、今年は札幌で開幕戦が開催された。
そして、そこでの経験や体感というのが自分の隙間を埋めてくれるものだと分かった。今までは映画や博物館や美術館、一人旅などもしてみたけどイマイチほしかったものとは違った。それを完璧な形で埋めたのがプロレスだった。

実際に会場で見たプロレスとはどうだったかというと、「観客が試合に参加できる」部分での一体感がすごく好きだった。
リングで試合をするのは選手だけど、観客は他のスポーツとは違った意味でそれに参加する。つまりプロレスは試合としての勝敗だけではなく”観客を盛り上げたほうが勝ち”というもう一つの勝負がある。そのために選手は闘いながら常に観客の声援や反応を確認しそれに合わせた計算で試合を盛り上げていく。
それは単に技の攻防だけではなく、リング外での選手間・チーム間の不和や抗争からの因縁も含まれていて、リングに上る前からすでに試合は始まっている。この試合で戦う選手はなぜ今戦わなければいけないのか、どういった試合展開なら観客は盛り上がるのか、どのタイミングで技を出せばそれが声援に昇華されるのか、肉弾戦と同時進行でとてつもない頭脳戦が展開される。

プロレスにはいわゆるブックというものがあって最初から勝敗が決定しているとも言われているけど、最高潮に盛り上げたところでその結末を迎えなければいけないという意味では、レスラーはギブアップが許されない。どれだけのダメージを受けようとも、相手が繰り出した技はすべて受け止め、そして自分が勝利するためにさらに技を繰り出す。
何だかんだでダメージは無いのではないかとも思うけど、単純に考えても100キロの大男が100キロの大男を頭から投げ飛ばすんだから絶対にある。それでも試合を中断することなく最後まで立ち上がり続ける凄まじい精神力。試合に負けないために、観客を盛り上げるために。
(最近では真壁刀義選手が顔面に蹴りを受けて前歯が根元から折れて歯茎ごと内側に倒れるという大ケガをしたけど、「ここで必殺技を出せば盛り上がる」と考え本当に試合続行した)

それとともに選手たちは必殺技の前に観客に独自の合図をすることも多い。中邑真輔選手は「ボマイェ」という全力疾走からの飛び膝蹴りが必殺技だけど、それを出す前には必ず地面を激しく踏みつけるし、本間朋晃選手は「こけし」という頭突きが必殺技だから額をペチペチ叩く。その合図によって観客は数秒後に発生する見せ場に対して大声援を送るし、逆に相手が防御や回避によってカウンター技を決めればそれも大声援になる。見たことが無い動きをすれば「おお!?」という疑問系の声援が送られ、そこからかっこいい展開になれば熱い声援、面白い展開になれば笑いが送られる。
「技をかけられるまでわざわざ待ってあげている」という冷ややかな見方もできるけど、観客が見たいのはその選手の必殺技であり、逆に言えばその必殺技を出すだけで観客が盛り上がる状況にまで展開させられるかという点で、やはり計算が不可欠になってくる。

総合格闘技やK-1はリアルファイトであり、ただひたすらに「どちらが強いのか」という最強決定戦に特化した部分に魅力があった。でも、プロレスは観客がいなければ成立しないもの。興行面だけではなく、選手の一挙一動に声援という合いの手を入れ、お互いに発信と受信を繰り返すことで試合が組み立てられる。誰も一言も発さずに試合が決まる瞬間を待ち続ける総合格闘技とはまったく違う面白さ、それは実際に数千人のファンと一緒に観戦することでようやく理解できた。


そして私がプロレスに熱中している理由はもう一つ。新日本プロレスが大改革に成功したから。
新日本プロレスはアントニオ猪木氏によって設立され、すでに40年以上の歴史をもつ団体。しかし、最近の新日本プロレスの試合や選手を見ようとした時に過去の歴史を知る必要が無く、「今の新日本プロレス」だけを見れていればいいという状態になっている。
詳しくはその大改革を導いたことで名実ともに団体のリーダーでありトップレスラーとなった棚橋弘至選手の著書「棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか」に書かれているけど、そこで行われたのは「世代交代」。棚橋選手の世代が10年近くをかけてこれまでの歴史に一区切りをつけたことで、所属選手への「アントニオ猪木とその教え子たち」という認識を終わらせ、新たな時代を生み出すことに成功した。

もちろん10年経ったから年功序列で世代交代となったわけではなく、プロレス界が暗黒時代を迎えたことで団体を背負うべきベテラン選手たちが次々と退団し、消去法で若手の棚橋選手がエースとして担ぎ上げられてしまった。ゆえにファンからブーイングを受ける時期もかなり長かったことは有名。
それでも棚橋選手は団体そのものを救うために様々な情報発信を続け、自分のファンを生み出し、そのファンを他の選手のファンに変化させ、最後は団体そのもののファンにさせた。その結果、新規開拓されたファンは棚橋選手をトップとする新世代のファンとなり、力づくでファンから支持される新たな環境を作り出すことに成功した。
だから今から新日本プロレスを見ようとすると、一番歴史を持っている選手が最前線で活躍する棚橋選手の世代なので、とても応援しやすい。
「ほとんど試合はしてないけど一番のベテランとして~」や「引退したけど現場監督として~」といった関係性が無いので(オカダ選手のマネージャーとして外道選手が付いてるけど)、"今の試合に出場している選手の中から好きな人を選べばいい"という分かりやすさが入口としてとても機能していた。

同時に、棚橋選手はまずはプロレスではなく棚橋選手自身を知ってもらい、それから実際にプロレスを見てもらうということを心がけているそう。
それはプロレスへの先入観を回避するためでもあり、自他ともに認める団体のリーダーとなった現在でも自分の立場を「初めてプロレスを見る人のための入口」として、分かりやすいキャラクター、分かりやすいプロレスを徹底。さらに「知っている選手は応援しやすい」と、とにかく情報発信を欠かさず、私もまたそれに引き寄せられたことになる。そう考えると、私が新日本プロレスを楽しめるようになったのは必然だったのかもしれない。


7月にG1クライマックスを見に行った時には一つのイベントとして楽しめた反面、それ以上深く入り込むことはなかった。でも、棚橋選手の本を読んだことで素直に「プロレスってすげえ!」と思えたし、知っている選手は応援しやすいがそのまま適用される流れになった。やはりプロレスは観客をどれだけ盛り上げられるかという頭脳戦でもあるんだな。

札幌では来年もG1クライマックスの開幕戦が行われるけど、それ以外の新日本プロレスの興業は分からない。でも女子プロレスや北海道を拠点にする北斗プロレスなども興業を行うので、それを見に行きたいと思う。

プロレスは、すごい。
【2014/10/13 18:24】 | オタク的日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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